五木 寛之「親鸞(上)(下) (講談社文庫)」 ★★☆☆☆

五木 寛之「親鸞(上) (講談社文庫)」

五木 寛之「親鸞(下) (講談社文庫)」

きっかけ=最近「親鸞-激動編」の新聞広告を目にして、既刊の文庫版の方を近所の書店で購入。

五木氏の著作は以前「他力」を読んだがあまり印象に残っておらず、なんとなく合わなかった気がしたのだが、今回も同じような印象が残った。
バリバリの大乗仏教の、しかも親鸞聖人の物語であり、かなり個人的興味のあるジャンルなのだが、いまひとつ乗り切れないのは五木氏の筆が写実性よりエンタテインメント性を重視しているからだと思う。

この章では親鸞の生い立ちから叡山修行時代を経て下山のあと法然に師事し、市井の人々に念仏即往生を説きはじめるが徐々に浄土宗への弾圧が強まり、法然が土佐、親鸞が佐渡に流刑となるまでが描かれている。

そもそも聖人物語なるものは真実と伝説の区別が難しいが、さらに五木氏による大胆な創作も追加されているので、どこまでが事実なのかさっぱりわからない。
残虐極まる黒面法師が親鸞の妻、紫野の両目を針で潰そうとした瞬間、どこかに潜んでいたツブテの弥七が放った小石が針をはじきとばす、などの演出は、これで盛り上がる人もいるのかもしれないが、私などは興ざめてしまう。

法然に帰依することになったきっかけ(後に妻となる紫野が救世観音に化身し吉水に導く)も、半分は五木氏の創作だが、そこが創作であればなおのこと、矛盾を乗り越え身も心も帰依するに至った過程はもっともっと矛盾に引き裂かれる姿を丁寧に描いてほしかったし、叡山では自らの煩悩を乗り越えるため、異常な激しさで身を削り行を修め、欲望も振り切ってきたにも関わらず、妻帯するときのその安易さは何?とやや肩すかしだったり。

有吉佐和子さんが描くような、写実的な親鸞を読みたいんだけどなあ・・・と、ないものねだり。

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