石飛 幸三「「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか」 ★★★★☆

石飛 幸三「「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか」

※今回は本のレビューだけではなく、私の個人的なthinking中心です。
長文かつ重い話もありますので、「看取り」についてご興味のあるのみご覧いただければ幸甚です。

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私は高校を出てすぐに、故郷の和歌山を出た。
ド田舎の古い家で米屋を営んでいた故郷の実家を出るときは、本当に晴々とした気持ちしかなかった。
こんな田舎、二度と戻らないぞと心に決めて。


それから二十数年、家族は亡くなったり家を離れたりして、残っているのは今年で満九十歳になる祖母だけ。
ほとんど体の動かなくなった祖母の介護のために、近くに住む叔母の家族が引っ越してきた。
その叔母から先日、祖母が呼びかけに返事をしなくなったという連絡を受けた。


祖母は救急車で大きな病院に運ばれた。
病名は脳幹いっ血。
主治医の見立てでは「もう意識が戻る可能性はほぼない」。
鼻から胃まで栄養チューブを通し、腕には点滴、下半身にも導尿管がぶら下がっている。
3本の管に繋がれた祖母は、一日中ウツラウツラ、時に大いびきを掻きながら寝ている。
顔を覗き込んで「おばあちゃん!」と大声で呼ぶと、片目だけうっすら開いて、白く濁った眼でしかしはっきりと、私を見る。
手を握り返してくれることもある、が、意思があるのか反射的なものなのかはわからない。


祖母は意識はないが他に悪いところはなく、内臓もまだまだ丈夫だ。
経鼻チューブ、もしくは胃に穴を開けて外から直接栄養を送る「胃ろう」を作り、このまま栄養を与え続ければ、もしかして5年でも10年でもこのままの状態で生き続ける。
いわゆる「チューブをつけたまま生き続ける」状態?
まさか祖母も望んでいないでしょう、家族の負担も大きすぎます。




ここでさあ質問です。
祖母は「延命措置」を受けているのでしょうか。
医療界での一般的な回答は「否」。
「延命措置」とは、いわゆる脳死状態で、人工呼吸器をつけ、心臓マッサージや昇圧剤などを施されることを指すのだそうです。


理解していなかった私は、主治医に「栄養を止め、自然に看取ることはできないか」と質問してみた。
果たして彼の答えはとても丁寧だったが、猶予なく断定的だった。


・患者は延命措置を受けているのではない。
・栄養を止めるとはすなわち「兵糧攻め」であり、治療が目的の医療機関では不可能。
・場合によっては殺人行為との非難も免れず、仮に訴えられると病院は負ける。


担当のケアマネージャーにも質問してみたが、回答は同じだった。
「餓死」という単語さえ、出た。
今この国では、「自然死」がいかに困難か、よくわかった。




ここは人に相談しても仕方がない。
自分の心でこうと決めたらあとは責任を持つしかない。
こんな時こそ書物はありがたい。
人に相談せずとも、本を読んでいる自分の心とがっちり向き合える。


「「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか」は、ネットで自宅看取り関連の書籍を探し購入した一冊だが、今の私が置かれている状況にピッタリで、大いなる指南書となった。
大病院の外科医だった著者・石飛医師は、全国でも珍しい「特別養護老人ホームの常勤医師」として赴任する。
そこでは多くの施設と同じく、入所者に異変があるとすぐ病院に搬送するため、施設で亡くなる方はほとんどない。また経鼻チューブや胃ろうを付けた入所者の多くが肺炎で病院に搬送され亡くなる。肺炎の原因のほとんどは「誤嚥性肺炎」つまり胃に入ったものが逆流し呼吸器官に入ることによるものだ。
私自身、お年寄りの多くの死因が「肺炎」であることに漠然とした疑問を持っていたが、その謎が解けた。


誤嚥性肺炎を起こして搬送されると、ほとんどの場合「胃ろう」を作ることを勧められる。口から栄養を取ることが無理であれば、「胃ろう」などで人工的に栄養を取らせなければ衰弱死するしかない。初めは延命措置など絶対にしない、と決意していた家族も、病院や周りの人たちから責め立てられ、結局「胃ろう」を作ってしまう。いったん作った「胃ろう」を外すことこそ殺人行為だ。家族はだんだんとやつれ、どうしたらよいのかわからなくなる。


誰も自分の手を汚したくない。病院はもちろん、施設スタッフも、自分のせいで人が亡くなることを怖れる。家族にもその覚悟は難しい。そこに、強い決意で妻への胃ろう造設を拒否する男性が現れる。石飛医師は怖れるスタッフを説得し、誤嚥覚悟で口から栄養ゼリーなどを少量づつ食べさせながら様子を見る。それも徐々に口に入らなくなり、来るべき時が来る。妻は苦しむことなく逝き、夫に後悔はない。


その後、徐々に施設で自ら看取るということを受け入れるスタッフや家族が増えてくる。
こればっかりは私自身も経験してみないとわからないが、その時が来ることがわかっていても、実際に人が亡くなる場面に立ち会うと、「ぶるぶると震えが止まらない」と告白する施設スタッフもいる。「看取る」ということは、その言葉からだけでは想像できない恐怖、矛盾、そして罪悪感に襲われるものなのだろう。


そして石飛医師は、家族の心は何度でも変わる、医師や施設はそれを受け入れる義務がある、と説く。
いったん看取る決意をしても、途中で怖ろしくなりやはり胃ろう造設を懇願する人。
周りから説得されて胃ろうを付けたが、やはり静かに看取れないのか、それは殺人行為かと悩む人。
長期間の介護に疲れ果てて患者が死ぬことを願う人、それに罪悪感を感じて苦しむ人。
それぞれ、その人の現実だ。




ここに出てくるのは「施設(老人ホーム)での看取り」だが、このような方針を取っている施設はまだまだ少ないし、あったとしても百人以上が入居を待っている。
そうすると、人工栄養を拒否するなら、「自宅での看取り」しか残されていない。


祖母のことなら、他ならぬこの私が看取るということだ。
本当にできるか。
仕事を休めるか。
夫はともかく子どもは連れて行くのか。
一人でおむつを換えられるか。
必要があれば痰を吸引できるか。
苦しみはじめても動転しないでいられるか。
死期が近付くと下顎を捩じって口呼吸を始めるという、その時に冷静に対処できるか。
これを、私以外の家族にもさせる勇気はあるか。


人工栄養を止めることは、餓死させることと同じだという。
もしかしたら祖母には、辛いかもしれない。
食べることが大好きだった祖母だ、「何してくれるんねん!食べさせて!」と、言えるなら言うかもしれない。
しかし、チューブから勝手に栄養が胃に流れてくることも、祖母には耐えがたい苦痛かもしれない。
どちらなのか、私にも誰にもわからない。
それならば、チューブをつけたままにすることも、チューブを外すことも、同じ十字架を背負うのだ。
どちらを選んでも、同じことだ。
だからこそ、チューブを外す決断を下せない家族が多いことも、今ならわかる。




ときどき、元気だったときの祖母の顔を思い出し、その祖母を死なせるために奔走している私は何をしているんだろうと感じることもある。
しかしすぐに、チューブに繋がれたままぐったりしている祖母の顔を思い出す。
やっぱり私は、あのままにはしておけない。
意識のないおばあちゃんに、これから生きていて何か甲斐のあることがあるか。
知っての通り、人の死亡率は100%だ。
チューブをつけたままでも、チューブを外しても、おばあちゃんは死ぬ。
チューブを外せば衰弱死するだろうが、チューブをつけたままなら何か起こるまで待つことになる。肺炎になるのを待つというのか。
いずれにせよ、おばあちゃんに残された大仕事は、「死ぬ」ことだけではないか。


戦後中国から帰還して、夫と一緒に苦労して建てた家。
商売やって、色々あっても、ずっと住み続けた家。
そこに帰って子どもや孫と同じ時間を過ごしながら死ねれば、ばーちゃんも本望だろう。
と、ばーちゃんがそう思っているかどうかはわからないが、生き残る私は思っている。


これからしばらく、看取りということにじっくり付き合ってみたい。
二十年以上、ほったらかしてきた故郷と祖母に、せめてもの罪滅ぼしになるか。
いや自己満足でしかないだろうが、それでも。

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    • 石飛幸三
    • 2012年 4月 6日

    私は「平穏死のすすめ」の著者の石飛幸三です。飛石連休ではありません。ところで貴方の思いは今多くの方が同じ悩みを持っています。現に今芦花ホームでもあります。目で微かにこちらに反応される経鼻胃管を入れられた87歳の女性、二人の60過ぎの娘さんは悩んでいます。施設の介護士、看護師、医師皆で繰り返し話し合いながらご本人にどうしてあげることが一番良いのか検討会を繰り返しています。その過程が大切なのだと思います。それがお互いに生きていること、後で後悔しないこと、それを願っています。

    • 石飛先生、大変恐れ入ります、コメントありがとうございます(スパムフォルダに入っており確認が遅くなりました)。
      そして文中のお名前間違い、大変失礼しました・・・修正いたしました。

      文中にも書きましたが、ご著書は大いなる指南書となりました。改めてお礼申し上げます。
      家族と話し合うにあたって、まずはこの本を全員に読んでもらうことにしました。いつもは全く本を読まない家族も、頑張って読んでくれています。

      普段なかなか直接話ができないので、メールや電話ではことばの行き違いやそんなつもりはなかったということもでてきてしまいますが、同じ本を読んで価値観を共有できるというのはとてもありがたいことだと改めて感じています。

      本人にとってどうすることが一番よいのか、周りの方々と一緒に時間をかけて話し合う過程こそが大切というご助言、ありがとうございます。
      芦花ホームのような施設が増えてゆくことを心から願っております。

  1. 私の母は51歳の時、自宅で息を引き取りました。
    46歳の時に中期の子宮ガンが見つかり、一旦手術成功して完治しましたが、1年後再発・転移しました。
    それからは、入退院を繰り返していました。しかしガンの転移がひどく、もう施しようがありませんでした。
    本人の希望で、亡くなる2週間程前に自宅に戻って来ましたが、筋力も衰え自力では何もできない程に弱りきっていました。
    その間は訪問看護士さんが決まった時間に様子を見に来てくれました。
    食事も全くと言っていい程取れなかったので、針金ハンガーに点滴を吊るし、無くなったら替え、痰が絡んだら割り箸にガーゼを巻いて取ってあげる、トイレは大人2人がかりで持ち上げてさせる。
    母自身も、どうして自分がという想いから逃れられないようでした。
    ガンの痛さ、死が目前にある辛さで早く死にたいと思ったのでしょう。
    ある朝、なけなしの力を振り絞り階段の上に移動していました。
    自ら階段から落ちて死のうと思ったようでした。
    小さな声で唸りながら。
    最期は訪問看護士さんが絡んだ痰を取ると、呼吸のリズムが狂い徐々に弱くなりそのまま息を引き取りました。
    私は当時23歳でまだまだ子供だったので、母親の死に向き合う事ができませんでした。自分の心に壁を作り母親の状態や死から目をそらし必要以上に悲しみが流れ込んでこないようにしていました。
    当時よりも今の方が思い出すと涙が出ます。一生忘れる事など出来ません。
    今でも、受け容れられていないのかもしれません。

    • コメントをくれていたのに長い間気付かずごめんなさい。
      そして辛い記憶を書いてくれてありがとう。

      23歳のyukiちゃんには重すぎる、本当に辛い経験だったと思います。51歳、まだまだお若いのに、ご家族も本人も受け容れられなくて当然だと思います。

      階段から落ちようとしたお話、ご本人もご家族も、どんなに辛かっただろうかと思います。ガン闘病に「壮絶」という形容詞がよく使われますが、本当に「壮絶」とは、他人の想像を絶するものだと改めて思います。

      お母様の死に向き合うことができなかったことを、yukiちゃん自身が許せないと感じているようですが、その状況で、私は死と向き合えたという人がいたら嘘だと思います。
      みんな、自分は向き合えなかった、そのことを許せない、と思いながら生きているのではないでしょうか。

      「死」に関しては、みんな頭を抱えて悪あがきし、情けなくジタバタしながら、でも避けることができない、というものだと思います。そんな自分を許せるようになるのは、六十歳(耳順)くらいだろうなと思っています。

  2. ご家族含め、大変な状況にあることとお察しします。
    書物は、こういうとき本当に強い味方になってくれますね。ただ、ひとりで思いつめすぎないで。人と対話することによってもいろんなことが見えてくると思います。もちろん、すでにそうされているかもしれませんが。

    ある友人から、「胃ろう」によって、彼女の祖母が意識のない状態で10年以上(100歳近くまで)生きた話を聞いたことがあります。自宅で倒れた時、彼女の祖母は救急車を呼ぼうとする家族に「呼ばんでいい」と手で合図したそうです。でもまさか、言うとおりにする家族はいませんよね。倒れた原因はくも膜下出血だったそうです。で、スジャータさんのおばあ様と同じく治療としての胃ろうをされたと。家族間では、結局お祖母ちゃんが正しかったと後になって繰り返し語られたそうです。

    もうひとつ思い出した話を書いておくと、ある友人のお祖母様(90歳越え)も倒れて病院に運ばれたそうです。友人の父親(息子)が病院に見舞いに行き、母親がチューブだらけになっているのにショックを受け、医者と大喧嘩をした挙句、何とそのまま病人の母親を担いで家に連れて帰って来たそうです。その後、家族で看取ったとのこと。安らかな最期だったそうですよ。

    こういうときいつも思うのですが、自分についてなら、「自分の口で食べられなくなるということはもう死にかかってるということだから、治療も何もしてくれるな」と簡単に言えるのに、他者については言えなくなる。それが難しいところです。自分にとって大切な人だったりすると、何が何でも生きていてほしいとジタバタするに決まっています。自分にとって自分の死はないが、他者の死はあるというのはこういうことかと思います。でも、みんないつかは死ぬんですから。

    スジャータさんの心は決まっているようなので何も言うことはありませんが、90歳のおばあ様を自宅で家族で看取るというのはとても自然なことと感じます。ご家族にとっては非常に困難な決断であることに疑いはありませんが、それでも、そう感じます。

    • piyo、こんな重いひとりごとにコメントしてくれてありがとう。
      もし人に相談するならpiyoに最初にするところですが、今回は家族だけで話し合っています。
      叔母が同じ境遇の友人に相談したところ、「餓死させる気か」と言われてしまったそうです。その方もご母堂を介護中であり、その否定は自分の介護方針の否定ともなるのでしょう。本当に難しい問題だなと改めて思っています。

      それにしてもpiyoのコメントに感動しましたよ。わたしは友人がこういう悩みを吐露したとしても、自分にその経験がないと、何一つ寄り添える言葉を見つけられないだろう、と思っていたのですが、そんなことはないのだと思いました。

      看取りについてはこれから家族と話し合ってどうするか決めたいと思います。piyoの言うとおり、私が思いつめてしまうと祖母にも家族にも負担だと思うので、無理のない方法を見つけたいと思います。

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