マイケル・サンデル「これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学」 ★★★★☆

マイケル・サンデル「これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学」

きっかけ=piyoにお借りして。

久々に、真っ芯から哲学的な問い立てをしている本を読みました。
タイトルが「正義」ですよ。

齢四十を越え、この世の中に「これが正義である」というようなものがあるとすれば、大きな勘違い以外の何者でもないということを、投げやりでも諧謔でもなくそう本当に思っている訳でして、
そこに「正義の話をしよう」などと言われると身構えること甚だしく、自分だったら決して手に取らない本だったと思います。
が、piyoの書評を読んで、これは読まねばならないぞと感じた次第。


政治哲学者でありハーバード大学教授であるマイケル・サンデル氏のことは、本書で初めて知りました。
2010年にNHK教育テレビで氏の大学講義録「ハーバード白熱教室」が放映されて日本でも有名になったということで、ぜひとも放映見たかったです、残念です。

本書では、いくつもの「それが正しいかどうか判断できない」という例が出てきます。
代理母出産は正義か?なぜ志願兵はよくて傭兵(または徴兵)はよくないと感じるのか?マイケル・ジョーダンの報酬は正当か?
これらを、「幸福」「自由」「道徳」の3つのアプローチから、我々が何を根拠に「正義」「非正義」と判断するのか、ひとつづつ丹念に紐解いてゆきます。

正義への三つのアプローチ

ある社会が公正かどうかを問うことは、われわれが大切にするもの-収入や財産、義務や権利、権力や機会、職務や栄誉-がどう分配されるのかを問うことである。公正な社会ではこうした良きもものが正しく分配される。つまり、一人ひとりにふさわしいものが与えられるのだ。難しい問題が起こるのは、ふさわしいものが何であり、それはなぜかを問うときである。

われわれはそうした問題をすでに考えはじめている。便乗値上げの是非、パープルハート勲章の受章をめぐる対立、企業救済などについて考えながら、価値あるものの分配にアプローチする三つの観点を明らかにしてきた。つまり、幸福、自由、美徳である。これらの理念はそれぞれ、正義について異なる考え方を示している。(p.29)

・幸福の最大化--功利主義=最大多数の最大幸福が「正義」
・自由の尊重--自由至上主義(リバタリアニズム)=個人の自由な選択を最大限尊重することが「正義」
・美徳の涵養--共通善に基づく美徳の涵養や善良な行動が「正義」

読み進んでゆくと、いかに私たちの脳みそが、「功利主義」や「自由至上主義」という価値観で無意識に物事を捉え判断しているか、身にしみます。
私たちがごく自然に「正しい」と感じること、「気持ちいい」と感じることについて、丁寧に紐解いてゆくと、無意識のうちに「功利的」「自由主義的」に判断している。

サンデル氏が強調したいのは、3つ目のアプローチ方法、「美徳の涵養」つまり道徳的な正義の指針です。
しかし、「道徳的な判断を正義の指針としよう」というと、少し身構えませんか?
なぜかと考えてみるに、それは「個人の自由を損なう匂い」がするからですね。

「何をもって正義とするかは私自身の判断でしょ?道徳的って誰にとって道徳的なの?判断基準を統一にするのは危険、まるで宗教。」
そう言いたくなるとすれば、頭からどっぷり「自由至上主義」に浸かって生きているからです。。。


氏は本書でまず、功利主義の限界、自由至上主義の限界を語り、3つ目のアプローチ法を述べるにあたっては注意深く、イマヌエル・カントの「自律」の概念を解説した上で、最終章の「正義と共通善」に向けて持論を進めてゆきます。
カントの教えは初めて学びましたが、究極的にストイックですね。


大変内容の濃い一冊で、うまくまとめきれないのですが、私自身が三十代前半に疑問に思ったことの多くが言及されていると感じました。
昔疑問に思ったことというと、たとえば、私はこの右手を伸ばして何かをするとすれば、そうすることが「善」いと思ってそうするに違いないはずだが、「悪い」と思っていても右手を伸ばすことがある。
それは何かと考えると。。。「快楽」だな、と考えました。
たばこに手を伸ばすこの手は、「善」を求めているのではないけれど、「快楽」を求めているのだな、と(昔の話ですょ)。

私の中でずーっと、「善」の反対は「悪」ではなく「快」であり、選択の場面で、「快」ではなく「善」を選択できるか、というのが人生のテーマでした。
論語に、「七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず」とありますが、そうか七十歳になると、快楽を求めても善になるのか、それなら七十歳になってみたいなあと思いました(今でも思っているし、楽しみ)。

・功利主義とは、「快」を求めることが「善」であり「正義」だ、という考え方であり、
・自由至上主義は、「快」でも「善」でも、どちらが「正義」か決めるのは私だ、という考え方であり、
・美徳の涵養は、「快」ではなく「善」こそが「正義」だ、という考え方です。

そういうことが、本書でもっともっと深みをもって、語られております。
哲学的な問いに興味のない方はこの世にいないと思います。ぜひ手にとって、考える機会に。

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  1. すばらしいレビューですね!
    本当に、自分がどんなイデオロギーに染まっているかがよくわかるし、次いでいろいろ考えさせられる良書だと思います。わたしもNHKの番組を見逃したので、you tubeのハーバードチャンネルで講義を観ました。
    http://bit.ly/MA0bux
    冒頭から、教授と学生のエキサイティングなやりとりが楽しめますよ。英語の字幕しかないですけど…

    • おほめいただき光栄でございます。
      改めて、レビューを書くのは面倒だし難しいけれど、書いているうちに、ああそういうことだったのかとわかることが多々ありますね。

      ハーバード白熱教室、ぜひ見たかったですね・・・深夜とかに再放送してくれませんかねー。

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