カテゴリー : ★★★☆☆

塩野 七生「ローマ人の物語〈17〉〈18〉〈19〉〈20〉悪名高き皇帝たち (新潮文庫)」 ★★★☆☆

ローマ人の物語〈17〉悪名高き皇帝たち(1) (新潮文庫)

ローマ人の物語〈18〉悪名高き皇帝たち(2) (新潮文庫)

ローマ人の物語〈19〉悪名高き皇帝たち(3) (新潮文庫)

ローマ人の物語〈20〉悪名高き皇帝たち(4) (新潮文庫)

きっかけ=久々にローマ人の続きを再開させる。

アウグストゥスも終わってしまい、ここから進められるかどうか我ながら心配だったが、やはり塩野先生の古代の男たちの描き方は魅力にあふれていて、自然に引き込まれてしまう。

文庫本4巻分の「悪名高き皇帝たち」は、初代皇帝アウグストゥスから帝国を引き継いだ4人の皇帝たちの話だが、この4人が生きた時代から今まで、すこぶる評判が悪い。
特に三代皇帝ティベリウス、五代皇帝クラウディウスは、当時のローマ市民からも「孤島の恐怖者」や「恐妻家の愚者」の烙印を押された皇帝たちだが、塩野氏の筆によって彼らの政治的判断、指示、行動がひとつひとつ丁寧に引き出され、ひとつひとつ評価されている(正しく断罪されている所業もある)。

「カエサルが青写真を描き、アウグストゥスが構築し、ティベリウスが磐石にし、クラウデゥスが手直しをほどこした」とは言い得て妙。
誰でも知っている「暴君ネロ」も、塩野氏の筆にかかると、ナイーブすぎる青年が極端な行動に走ることで破滅を招いた、ということになる。

また暴君ネロがローマ帝国史上もっとも有名な皇帝である理由は、ネロがキリスト教徒を「人類全体への憎悪」の罪名のもとに処刑したことで、のちのキリスト教支配下の世界でローマ帝国自体が断罪されたときのプロパガンダとして利用された、という説明に納得。

林 真理子「六条御息所 源氏がたり 二、華の章」 ★★★☆☆

林 真理子「六条御息所 源氏がたり 二、華の章」

きっかけ=第一章の続きを楽しみにしておりました。Amazon購入。

林真理子さんの六条御息所源氏がたりの第2巻。

朧月夜との密会がばれて須磨明石への隠遁、京に復帰してからの出世、その合間にも欠かさない女性たちとのさまざまな恋愛模様。

2巻の中で六条は亡くなるが、1巻と同じく2巻でも六条の目線からの源氏像が斬新。
六条は明石の君を自分の一族の女と認め共感するが、源氏が最後まで明石の君の生まれのいやしさを蔑み軽く扱ったとなじる。
そんなことは今まで源氏物語を読んでいても全く気付かなかったが、娘までもうけた女性なのに六条邸でも一段格下の部屋を与え、「上」ではなく「君」で通したことからもなるほどうかがえる。

一度体を重ねた女は嫌々でも面倒をみる源氏、ハーレムとなった六条邸など、栄華を極めた源氏の余裕と、それでもなびかない女性たち(朝顔の君)などは中盤の面白み。

それにしても源氏の女性に対する倫理観のなさには笑ってしまう。
帝の寵愛を一身に受ける朧月夜とも関係を切らず、六条御息所の娘斎宮をいくら口説いても自分のものにならないため、院から望まれると息子の冷泉帝に差出し出世の駒として中宮(秋好中宮)とし、さらに夕顔の忘れ形見の玉蔓を囲い性懲りもなく口説く。

この物語は全3巻とのことで、あと1巻で終わりかと思うとちょっと残念。

村上 春樹「走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)」 ★★★☆☆

村上 春樹「走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)」

きっかけ=内田先生ブログ(2011.9.29付け)の推薦本の中にあった一冊。Amazon購入。

村上春樹はノルウェイ以外読んだことがなく(たぶん)、何から読えばいいのかわからなかったのだがちょうどよかった。

ランナーとしての自分と、走るという行為を通じて語る作家としての自分、が交互に語られる。
かなり達観しているというか、達観した上で此方に戻ってきている感があり、それが走るという行為を語ることで語るというのが面白い。

禅と似たものを感じる。
「禅を語る」ことはできないが、「禅について語るときに私の語ること」は、禅そのものを語ることにつながる。

走ることも同じなのだろう。
悟ったら戻ってくるのも禅(十牛全図)と同じだ。

塩野 七生「マキアヴェッリ語録 (新潮文庫)」 ★★★☆☆

塩野 七生「マキアヴェッリ語録 (新潮文庫)」

きっかけ=以前うっかりマキアヴェッリの超訳本を読んでしまい、原典が気になっていたため、塩野さん厳選の語録を読んでみる。

まえがきに塩野氏がなぜ本書を上程したかを記したあとは、すべてマキアヴェッリのことばそのままを並べたのみ。
この選出と並び、太字の付け方が「塩野流」ということなのだろう。原典好きな私にはぴったり。

こうやって読むとまさに塩野氏の人物評価はマキアヴェッリ的だ。
政治とは何か、戦略(政略)とは何か、ということがこの本を読めばわかる。

それが国家存続のために必要な手段(たとえ裏切りであろうとも)であれば、眉ひとつ動かさずに実行できる人。
「君主にとっての最大の悪徳は、憎しみを買うことと軽蔑されること」「憎しみは、国民のもちものに手を出したときに生ずる。軽蔑は、君主の気が変わりやすく、軽薄で、女性的で、小心者で、決断力に欠ける場合に、国民の心中に芽生えてくる」

塩野 七生「日本人へ リーダー篇 (文春新書)」 ★★★☆☆

塩野 七生「日本人へ リーダー篇 (文春新書)」

きっかけ=半年前にAmazon購入してそのままだった本書を手に取る。

久々に塩野七生を読むと、この人と自分の思考回路がやっぱり似ていることに驚く、が、内田本を読みまくった後に塩野本を読むと、内容が薄いという印象が否めない。

なぜかと考えてみるに、塩野先生はいつも「人」を切り口に政治や外交について意見しており、「原則的にやらねばならないことは同じで、どの政権がやっても(つまり自民でも民主でも)同じであるが、すぐれたリーダー(および幹部)が長期的にやりぬいてこそ成果が出る」、という前提に立っている。
そのすぐれたリーダーとは、端的にいえば「戦争で勝つ」リーダーであり、すなわちユリウス・カエサルであり、小泉純一郎である。

しかし内田先生は「やらねばならないことは同じ」とはしない。
TPP問題、社会保障問題、市場原理主義への警笛、日米・日中関係について・・・それぞれについて彼の考えははっきりしており、誰がやるか、よりも、何をするか、を重要視している。

塩野先生も内田先生も、世事についての記述であっても「永きにわたってリーダブルなものを書きたい」という理想は同じのようだが、正直、塩野先生の2003年~2006年に書かれたこの書の内容は、「人」以外の切り口は旧いという印象。
いま同氏が同じテーマで書くとどうなのだろうか。(というか、やっぱり塩野さんは歴史モノがいいのかもしれない)

白川 静「孔子伝 (中公文庫BIBLIO)」 ★★★☆☆

白川 静「孔子伝 (中公文庫BIBLIO)」

きっかけ=内田先生のブログ(2011.9.29付け)で推薦されていた本書をAmazon購入。

内田樹先生が絶賛する白川静先生の著書、中でも推薦本として挙げられていた「孔子伝」を手に取ってみる。が、後半挫折。

頻出する漢文書き下し文に、訳がありません。。。ので、漢文書き下し文をそのままで意味がわかる人しか、読めません。
しかし、半分読んだだけでも、白川先生の「漢字」に対する学識の奥深さ、熟考に熟考を重ねられた読み解きの重みがひしひしと伝わってきました。

「孔子」の生まれや「儒」の読み解き・・・トリ肌ものです。

論語、史記などの検証もさすが。
「仁」「義」「礼」それぞれの主張と意味、その共通点と違いは何か。
孔子の高弟の顏回、子路についての人となり、知識も得られました。

こういう本を挫折せずに読める人になりたい。

横山 宏章「中華民国―賢人支配の善政主義 (中公新書)」 ★★★☆☆

横山 宏章「中華民国―賢人支配の善政主義 (中公新書)」

きっかけ=上海、台北視察を前に、国の成り立ちくらい知らなければ・・・とあせって中国近代史がわかる本をネットでいろいろ探し、書評を見て購入。

辛亥革命から中華人民共和国成立までの約40年間を対象に、民国激動の歴史を解説。

教科書的であり正確性、網羅性が重視されている。
人の魅力は語られないため、読み進むのはしんどいが中国近代史のお勉強として非常によかった。

通常イデオロギー的に正反対と認識されている「国民党(中華民国)」と「共産党(中華人民共和国)」について、愚民観に貫かれた「賢人支配の善政主義」の堅持、また共に革命政権であるため、政治的対立を武力行使で解消するなど、共通点も多いことを指摘。

日本近代史も勉強しなければ。
とりあえず山川の日本史と世界史くらいは買おうかな。